流山市議会議員 近藤みほ Official Site

未来に繋がる放課後を考えるシンポジウムに参加

2016年12月13日
約 1 分

議会中ですが、子ども達の放課後の質のヒントを頂きたかったので、キッズコミュニティ凛童舎(津田沼駅近くの 学童保育園+コミュニティカフェ)が主催された「未来に繋がる放課後を考えるシンポジウム」に参加してきました。簡単で恐縮ですが共有いたします。

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参加したいと思ったのは、パネラーの方が多様であったためです。

◆サドベリースクールを設立されたお立場の方
(サドベリースクールとは、予め決められたプログラムは全くなく、校則、予算、採用・解雇、規律についても、話し合って決めるデモクラティックスクールと呼ばれる学校。「こちら」)
◆ワーキングマザーのお立場の方
◆公設学童保育スタッフのお立場の方
◆営利民間チェーン学童保育スタッフのお立場の方
◆イエナプラン教育の学校設立を目指すお立場の方(イエナプランとは、ドイツで始まりオランダで広がった、一人一人を尊重しながら自律と共生を学ぶオープンモデルの教育「こちら」)
◆民間非営利学童保育運営者のお立場の方

私も仕事柄、子どもの放課後の居場所については研究していますが、誰が何を担うべきなのか、子ども達のより良い居場所というのはどういうことなのか、保護者が望むものと子ども達が望むものは違うのか、考え続けています。

リアリティのある話で有意義でしたが、子どもの成長に寄り添う姿勢は同じでした。

「自分で考え、選択し、行動出来る子になってほしい」

それを実現するための考え方が異なっています。以下、お立場毎のお考えと、課題について、印象的だったお言葉(要約)を記します。

サドベリースクールを設立されたお立場の方
教育は必要ないと思う、必要なのは学び。本来子どもは自ら学びたい意欲を持っているからだ。
昔はサッカーが出来る公園が無く、子どもだけで遊んでいた、路地裏で遊び、遊びと暮らしの中で育ってきた。

今の教育は、就職のための教育だ
昔サッカーをやっていたが、生きる喜びを知ることが出来た。今の子ども達は習い事ばっかりで生きる喜びをどこで経験するのか分からない。
今ある教育なんてここ100年でつくられたもの、本来の姿は、遊びと暮らしの中にある。
サドベリースクールは白紙のフィールドを用意する。自分の人生を楽しむために色々なものをつくる。

サラリーマンでなくてもいい。人生は多様でよい。きょうだいでも多様、大人が決めちゃっていいのかという疑問がある。その子にあった教育は本人が選べばいい。大人のレールを引いてしまえばレールを外れる感が半端ない。今の日本は社会全体でレールを敷いてるから余計生きにくい。

大人は子どもに欲を持たない方が良い。愛なのか自分の欲なのか、良く見極めた方が良い。

イエナプラン教育の学校設立を目指すお立場の方
外国と日本を行ったり来たりして自らの子どもを育て、日本の教育の窮屈さを経験した。

日本の子どもは頭を空っぽにする時間がない。学校が終わったら塾通い。向こうは放課後は自由で子どもらしい空想を出来る時間が沢山ある、向こうは学校に筆箱だけ持っていけばいい。朝起きたら夢の続きを見ながら学校に行ける。
でも日本では〇〇と××を持っていきなさい、やることも用意することも沢山ある。

1人1人に寄り添う教育を
例えば、先生の言ったことに感動しちゃう子がいるとする、感動しているうちに授業が進んでしまうこともある。分からなくなっても座っていなければならない。それを朝から3時まで我慢しなければならない。子どもには個性がある、今の画一授業では限界がある。

市民団体が主催している授業が訳の分からない内容だったら大人は文句を言うだろうが、子どもは言えない。公教育というのは全ての子どもに責任を持っている、その場が子ども1人1人を見るような場になってほしい。

イエナプランについては、「こちら」。

公設学童保育スタッフのお立場の方(100人の大規模児童ルームのリーダー的役割)

自分自身は管理教育の中で育ったが、その中で自分を通してきた。当然問題児だった。

人と接することが好きだったため指導員に応募してみたが、初めての仕事で学童自慢のドッチボールを見せてもらった時、ルールが複雑で気持ち悪くなった。

やりたい子がやればいいのに、出来るだけ自由な居場所にしてあげたい。
今はの社会はレールに乗っていなければならない。
今の受験のシステムで理想の学校に入り、やりたいことが出来ると思わされている。
先のことばっかり考えさせられて、ドッチボールさえ正しい正しくないがある。

学童の子どもたちは遊ぶのが本当に下手くそ、ルールが無いと遊ぶことが出来ない。
関わる大人の問題なのかなと思っている。大人自身が面白く楽しそうだと、子どもは勝手に育つ。
子ども時代が楽しくないと、大人がそういう余裕が持てないのではないか。

一方で、他の学童が全て自分が考えている居場所を提供しているかというと異なる、指導員を育成する仕組みもお金も乏しい状況。
もっとスタッフが夢をもって普通に働ける職場にしていきたい。

※他の自治体の公立学童関連者からの問題提起
彼は非常に優秀な指導員。全ての学童にそういう指導員がいるかというと異なる。

もともとボランティアから始まった施設で、学童毎に事情が異なる。おやつと宿題以外にカリキュラムは原則ない。ボランティアから始まったものに、市町村が後から乗ってきているから実情はバラバラである。

保護者会がある学童では、地域と祭りができることもあれば、障害をもったお子さんが多く来る学童もある。
障害をもっている子ども達は、感情をうまく言葉にだせないことで手が出る場合も。
専門性が要求される対応なのに、職員を研修する仕組みがない。

子どもがトラウマかかえている場合のあるが、そのトラウマを払しょくに導いていくような研修がないのだ。

シングルで子ども4人育ている家庭もあり、親そのものも生きづらい場合がある。
親さえ生きにくい世の中で、公立の学童に入ってくるという所を頭に入れておいてほしい。
指導員が夢をもって働ける待遇と、研修体制が必要だ。

営利民間チェーン学童保育スタッフのお立場の方
幼稚園の子ども達は学ぶことが大好きだ。そういう時期に沢山大人がコンテンツを用意してあげる。
それがきっかけで世界や可能性が広がる場合もある。

幼稚園のカリキュラムを実施したり、青年海外協力隊の方々が来てくれて話をしてくれる。
急にネイティブアメリカンの方が来てくれて授業をしてくれるたり、週に3回程度イベントがある。
その全店舗で、共通にやるイベント、オリジナルイベントがある。
放課後の時間短いので、あっという間に終わる。

保護者の要望と子どものやりたいことや成長に食い違いがあり、ジレンマを感じることもあった。やらされているという子もいたが、やり続けることで価値を感じる場合もあった。

民間学童だが、公立学童の仕事もチャレンジできるようになってきた。民間学童では様々な研修が用意されており、価値を認めて頂きながら収入を上げることを目標に掲げている。
民間の良い所、公立の良い所、お互いに協力を行えれば良いと思う。

凛童舎保護者、ワーキングマザーのお立場の方
息子は小学校は千葉の私学に通っている。受験をさせた理由は、(1)給食が無いためお弁当を通じて会話ができる(2)私学だから教育が充実していて、学校以外は塾に行かせなくていい、ゆとりをもってすごすことができる、だった。

しかし、現在クラス内の2人以外は、受験塾に行く。これで良いのかという疑問を持った。
もっと親子の関わりが必要では?と考えるようになった。本人が自分の人生を決められるような、可能性を引き出せるような関わりがしたいと思った。

フィンランドの教師は、教師になった動機を「子どもの幸せの未来のために」という。

親も、先生も、大人も、大人自身が楽しくないと、親自身が楽しくないと。子どもの背中を押したり、自立を支えていくのは難しいと感じるし、そういった社会環境に疑問を感じる。

民間非営利学童保育運営者のお立場の方
極力やらされ感を減らしたい。コンテンツ過多状態にしない。自分で発見し手に取る経験の感動が薄くなる。イメージフラッシュのように「それやった」という事になってしまう。

自分の責任で、自分で選べ、楽しいことを学べる時間。頭を空っぽにできる時間が大切だ。
空想する時間を大切にする、だからこそ、ここぞというところに集中力、馬力が出る。

また、色んな人がいることを知ってほしい。
異年齢や地域の様々な地域ボランティアの方々が子どもと対等な立場ですごす。色々な大人と触れ合ってほしい、色んな人がいていいと感じてほしい。

シンポジウムにいらしていた他自治体の学童の指導員の方と知り合うことが出来ました。流山市の学童がより良いものになるように、引き続き情報収集を行っていきます。

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